蒸らしは「粉全体を濡らして待つ」工程で、見るのは濡れ方です
蒸らしの出来は、秒数よりも乾いた粉が残っていないかで決まります。
同じ豆、同じ量で淹れているのに、昨日より薄かったり、妙に渋かったりする。そういうとき、蒸らしの秒数を疑って長くしたり短くしたりしがちです。けれども、先に見たいのは湯の当たり方のほうです。
焙煎した豆は中にガスを抱えています。湯が触れるとそのガスが外へ出てきて、粉の表面で湯を押し返します。最初に少量の湯で粉を湿らせて待つのは、ガスを先に逃がし、あとから注ぐ湯が粉の中まで入りやすい状態を作るためです。
この仕組みから考えると、蒸らしで失敗している状態ははっきりします。粉の山のどこかが乾いたまま残り、そこだけガスが抜けていない状態です。乾いた部分は本抽出でも湯が通りにくく、濡れていた部分にばかり湯が流れます。すると薄さと渋さが同じカップに混ざります。
秒数をきっちり計っても、濡れ方が毎回違えば味はそろいません。この記事では「粉全体が濡れたか」を軸にして、湯量と時間を決めていきます。
蒸らしの手順は、湯をのせて止めるまでが勝負です
粉を平らにして中心から静かに湯を広げ、全体が濡れたら止めて待ちます。
手順そのものは短いです。むずかしいのは、湯を注ぎすぎずに全体を濡らすところだけです。
- フィルターをセットして粉を入れ、ドリッパーを軽く揺すって表面を平らにならします。
- サーバーとドリッパーをスケールに載せ、表示をゼロに合わせます。
- タイマーを押し、粉の中心に細く湯を落とします。
- そのまま外側へ小さく円を描き、粉全体に湯を広げます。フィルターの紙には直接かけません。
- 粉と同じくらいの重さまで注いだら、湯を止めます。
- 上からのぞき、乾いた色の粉が残っていないか確かめます。残っていれば、そこにだけ少し湯を足します。
- 表面の泡が落ち着くのを待ち、本抽出に移ります。
粉を平らにならす工程は省かれやすいのですが、ここが効きます。山が傾いていると、低い側に湯が集まり、高い側が乾いたままになるからです。
湯は高い位置から落とさず、粉の表面に近いところから置くように注ぎます。勢いがあると粉に穴があき、湯がそこを抜けてサーバーへ落ちてしまいます。細口のケトルが役に立つのは、この場面です。
湯量と時間は、器具の公式目安を出発点にします
メリタとChemexの公式目安はどちらも「少量の湯で短く待つ」という形です。
蒸らしの数字はメーカーごとに案内が違うので、手元の器具の公式目安から始めるのが近道です。
| 器具 | 蒸らしの湯量 | 待つ時間 | 出どころ |
|---|---|---|---|
| メリタの一つ穴式ドリッパー | 粉と同量程度 | 20〜30秒 | メリタジャパンの案内 |
| Chemex Classic | 粉を湿らせる程度の少量 | 約30秒 | CHEMEX公式の手順 |
メリタ公式の1杯分の目安は、湯140ccに対して粉が約8gです。蒸らしに使うのは粉と同量程度なので、スプーンですくえるくらいのわずかな量だとわかります。思っているより少ない、と感じる人が多いはずです。
Chemexは公式に中粗挽きを案内していて、蒸らしの湯量は重さで示していません。「粉を湿らせる」という表現どおり、ここでも基準は濡れ方です。
上の二つ以外のドリッパーを使っている場合、この表の値をそのまま当てはめる根拠はありません。お使いの器具の説明書やメーカーの案内を出発点にして、次の目印で調整するのがよいと思います。
湯量は「サーバーに少し落ちる程度」を上限の目印にします
蒸らしの湯がサーバーへ続けて流れ落ちるなら、注ぎすぎです。
蒸らしの湯は、粉に吸わせるためのものです。ぽたぽたと落ちる程度なら問題ありません。細い筋になって流れ続けるようなら、粉が吸える量を超えています。
流れ落ちた湯は、成分をほとんど溶かさないままサーバーにたまります。これが薄さの原因になりやすいところです。
反対に少なすぎると、底のほうの粉が乾いたまま残ります。上から見て濡れていても、ドリッパーの側面から見ると色が変わっていない層がある、という状態です。透明や半透明のドリッパーなら横からも確かめてみてください。
時間は延ばすより、毎回そろえるほうが効きます
待つ時間は目安の範囲で決めたら動かさず、ほかの条件を調整します。
蒸らしを長くすれば濃く出る、と考えて時間を延ばしたくなる場面があります。ただ、長く待つあいだに粉の温度は下がりますし、味の変化が時間のせいか温度のせいか区別できなくなります。
家庭で味を安定させたいなら、時間は公式目安の範囲で決めて固定するほうが扱いやすいです。濃さを変えたいときは、挽き目や粉の量など、ほかの条件を動かします。動かす条件を毎回ひとつに絞ると、原因が追いやすくなります。
粉が膨らまなくても、蒸らしの失敗とは限りません
膨らみ方は豆の状態で変わるので、淹れ方の良し悪しの判定には使えません。
写真や動画で見る、ドーム状にふっくら膨らむ粉。あれが出ないと失敗したように感じますが、膨らみの大きさを決めているのは主に豆の側です。
膨らみの正体は、粉から出てくるガスです。焙煎から日が浅い豆や深煎りの豆はガスが多く、よく膨らみます。焙煎から日がたった豆、浅煎りの豆、挽いてから置いた粉は、同じように注いでもあまり膨らみません。
膨らまない豆でも、蒸らしの役目は変わりません。粉全体を濡らして、湯が通る準備をすることです。泡が少ない日は、色が全体に濃く変わったかどうかを見ればじゅうぶんです。
味がぶれたら、濡れ方・湯量・時間の順に見直します
症状ごとに疑う場所を決めておくと、直す条件をひとつに絞れます。
蒸らしが原因になりやすい症状を、疑う順に並べました。
| 症状 | 蒸らしで疑うところ | 直し方 |
|---|---|---|
| 薄くて水っぽい | 湯が多く、サーバーへ流れ落ちている | 湯を減らし、低い位置から細く注ぐ |
| 薄いのに渋さも残る | 乾いた粉が残り、湯の通り道が偏っている | 粉を平らにならし、外側まで湯を広げる |
| 日によって濃さが違う | 湯量と待つ時間が毎回違う | スケールとタイマーで同じ値にそろえる |
| 本抽出で湯がなかなか落ちない | 蒸らしより挽き目が細かい可能性が高い | 蒸らしは変えず、挽き目を少し粗くする |
| 粉の中央に穴があく | 注ぐ勢いが強い、または同じ場所に注ぎ続けている | 湯を細くし、円を描いて場所を動かす |
表の上から三つは、蒸らしのやり方で改善が見込めます。下の二つのうち「湯が落ちない」は、蒸らしをいじっても変わらないことが多い症状です。挽き目を先に疑ったほうが早く片づきます。
見直すときは、複数の条件を同時に変えないのがこつです。蒸らしの湯量と挽き目を同じ日に変えると、どちらが効いたのか判断がつきません。
スケールやタイマーがなくても、目で見てそろえられます
道具がない日は、粉の色とサーバーに落ちる量を目印にします。
スケールがあれば湯量は数字で合わせられますが、なくても蒸らしはできます。目印は三つです。
- 粉の表面全体が、乾いた色から濡れた濃い色に変わっている
- サーバーに落ちるのは、ぽたぽたという程度にとどまっている
- 表面の泡が増えるのが止まり、つやが少し引いてきた
最後の目印が、本抽出へ移る合図として使えます。ただし、泡の出方は豆によって違うので、日ごとの再現性はスケールとタイマーに及びません。味を安定させたい時期だけでも、道具で計ることをおすすめします。
迷うなら、公式目安で固定して濡れ方だけを練習します
数字は器具の公式目安に任せ、自分は粉をむらなく濡らすことに集中します。
蒸らしには流派がいくつもあり、調べるほど湯量も時間も決めにくくなります。迷っているなら、数字を考えるのはやめて、器具の公式目安に預けてしまうのが楽です。
メリタの一つ穴式なら、粉と同量程度の湯をのせ、公式目安の範囲で待つ時間を決めます。Chemexなら、粉が湿る程度の湯を注いで公式の案内どおりに待ちます。どちらの場合も、決めた値はしばらく変えません。
そのうえで、毎回確かめるのは次の点だけです。粉は平らか。乾いた色の粉は残っていないか。サーバーへ湯が流れ落ちていないか。
これがそろってくると、味のぶれが小さくなり、豆を変えたときの違いもわかりやすくなります。挽き目や湯の温度を動かすのは、そのあとで遅くありません。
